薬学の時間
2010年8月12日放送分
在宅ホスピスと心のケア
ふじ内科クリニック院長
内藤 いづみ
私は在宅ホスピスケアと呼ばれる仕事と、その啓蒙を20年以上続けている医者です。最近は、ホスピスケアは緩和ケアという分野として現代医療の中に取り入れられて広がってきましたが、20年前は社会的にも理解が乏しく、末期がん患者のケアに対する偏見も大きかったのです。イギリスに1980年代から数年滞在してホスピスケアとは、体、心、社会的、そしてスピリチュアルの苦しみに向かい合うケアであると学びました。
特にまず第一に取り掛かるべき体の痛みに関しても、20年前は鎮痛薬の中心であるモルヒネなどの知識の普及も乏しく、体の痛みに苦しむがん患者さんがたくさんいました。20年前には「いのちを救うことができない分野なんて、医者の仕事ではない。内藤さんは変人だな」などという陰口も聞こえてきました。まあ、変人という批評は当たっているかもしれません。研修医の時から病院という環境が閉鎖的であまり好きではなく、外に出るとほっとしました。閉鎖的な所にいると、人の心の動きに鈍感になり、お医者さんや医療者は患者さんに対して権威的になって、威張りやすくなるように若き日の私は感じました。その思いは今も変わっていません。白衣を脱ぎ、普段着で「ごめん下さい」と患者さんの家に入っていく。白衣も肩書きも無い私が「医者」として認めて頂けるか、毎回が真剣勝負です。信頼関係ができた後分かること。それは、どんな重症患者さんでも、症状が緩和されれば家では心からほっとしている、ということでした。
「あなたのがんはもう治りません」と告知を受けて、多くの患者さんはもちろん大きなショックを受けます。やがて絶望の底から少しずつ回復しながら気付くのです。「な~んだ。私はまだ死んでいない。告知を受けたからといってすぐ死ぬわけでもない。大切な一日を涙だけで無駄にするのはもったいない」
そう気付いた患者さんがしたいことは、家に戻り家族と今までのように普通の生活をすることであったり、憎んでいた人と和解することであったりと、色々です。「人生が、いのちが、家族が、友人が、見慣れた風景がこんなに貴いと今まで気付かなかった」と教えて下さる人も多いのです。
在宅ケアに移行する時期
余命短くなり(2日~3日という場合もある)、急に病院から紹介され退院してくる症例でなければ、私の経験では患者さんたちは平均8週間程度安定して在宅療養、すなわち在宅ホスピスケアが可能であります。この在宅での日々は医療者の私たちが“患者さんの死を見据えた”医療支援を行う日々ではあるが、患者さんと家族がどこで、いつ、どう死を見据える気持ちになるのかは、多様であることを覚えていて頂きたい。だからこそ、患者さんそれぞれに合わせたその人だけの精神面の支援が大切になってくるのです。
精神的支援を医療チームDr.、Ns.、薬剤師が一丸となり取り組む必要があり、単なる薬剤投与を超えた全人的アプローチが求められます。
在宅がん患者の精神症状
精神科医エリザベスキュブラー・ロスは、「死ぬ瞬間」という本で有名です。死にゆく患者が辿る心理的プロセスを1970年代から5段階で説明しました。
限りあるいのちを宣告されて・・・
① 否定(まさか、うそだ)
② 怒り(なぜ私が~)
③ 取り引き(~までは生かして下さい。そうすれば~)
④ 抑鬱(そうか、だめなのか、仕方がないのか)
⑤ 受容
この5段階はあまり顕著に日本人にはみられないかもしれないと感じています。がん告知が広がり、セカンドオピニオンも認められる現状では、ある段階までは病状の現実を認め、積極的にがんと闘っていくことに集中する患者さんが多いように思われるからです。
在宅ホスピスケアは、患者さんと家族をひとつにみるケアであるため、家族の与える要素にも心を配ることが大切である。家族関係図を作ることも助けになる。その図には家族以外の身近な人も組み入れるとよいでしょう。
医療的診察項目
在宅ホスピスケアにおける精神面での医療的診察のポイントは以下の通りです。死を見据えた時期だからこそ、冷静な医療的観察力を集中させることが必要です。医療的介入により、患者さんの状況が改善する可能性を常に検討することが重要である。積極的治療はできなくても、患者さんを支える方法は最後までたくさんあることを心に留めます。
① 決定能力はしっかりしているか?(リビングウィルの確認など)
② 認知症的サインはあるか?(短期記憶の障害はあるか?)
③ 感情の起伏はどうか?(病前と変化があるか?)
④ 普通の悲しみか、臨床的鬱か?
⑤ 睡眠のパターンはどうか?(まとめて睡眠が取れているか?)
⑥ 集中力の低下はあるか?(読書、音楽などに興味が持てるか?)
⑦ 意識状態の変化はあるか?変化がある場合、脳腫瘍、高カルシウム血症、高ナトリウム血症を疑い、血液検査をする。原因が分かれば薬剤的対応も可能です。
⑧ 感情の爆発、怒り、興奮などがみられるか?みられる場合、脳腫瘍や急性精神病との鑑別を行 い、CT検査なども検討する。精神科医の意見を聞く。
不安と恐れの理解
ターミナル期の患者さんは、さまざまな不安や恐れに襲われる。その不安や恐れを医療者が冷静に理解し、患者さんに寄り添い、家族や医療チーム全員で支えていくことが大切である。
1. 死の否定
患者さんが死を見据える時期になると、どうしても死への不安や否定的な気持ちが表れてくる。死の過程への不安を解消するためには、「死にゆくことについて語る」ことが重要である。不安を語ることによって、恐怖は和らいでくる。
死の恐怖への対応
・死にゆくことについて語る
タイミングが大切。本人が話したいか察知すること。家族の気持ちも 察知する。
・生への希望を尊重する
・医療者は冷静さを保つ
2. 変化や喪失への不安
人に依存していくことへの不安、精神的コントロールを失うことへの不安、容姿の変化への不安、役割を失うことへの不安、自分の価値を失うことへの不安―患者さんにはさまざまな不安が付きまとう。
これらの不安を解消するためには、傾聴的態度(例:サポートや励ましを行う、感情を吐き出させる、価値判断をしない)で寄り添い、医療チーム全員で関わることが求められる。また、相手から逃げず、共にいることを伝え、DoingよりBeing親しさの距離を見つけることも重要である。(その距離は人によって異なるため、近づきすぎても離れすぎてもいけない)患者さんに関する情報は、医療チーム内と家族で共有し、患者さんの問題点を皆で支える。精神的支援の目標は、進行がんのどのステージにおいても、小康状態を得て生きる意欲とポジティブな希望を取り戻し、人生に向かい合えるように応援することです。
URL
URL









