慶應義塾大学麻酔学 教授
武田 純三
ロクロニウムとSelective Relaxant Binding Agent-スガマデックス
長い間、非脱分極性筋弛緩薬の拮抗にはコリンエステラーゼ阻害薬が使われてきました。コリンエステラーゼ阻害薬は神経筋接合部でのアセチルコリンを増加させて、アセチルコリン受容体で筋弛緩薬との競合的作用により筋弛緩薬の作用を拮抗させます。しかし、コリンエステラーゼ阻害薬による作用は神経筋接合部だけではありませんので、副交感神経症状が副作用として出現しますし、脳脊髄関門を通過して中枢神経に作用すると神経症状を起こす可能性があります。さらにTrain of FourのT1が出現しないような、深い筋弛緩効果がある状態では、十分なリバースが得られません。

Selective Relaxant Binding Agentとの新しい概念に基づくスガマデックスは、環状オリゴ糖のガンマ‐シクロデキストリン誘導体で、世界と同時に日本でも治験が始まり、既に治験が終了しております。スガマデックスは、非脱分極性筋弛緩薬を取りこむような包接と言う直接結合により複合体を形成し、筋弛緩薬の作用を不活性化する、新しいタイプの拮抗薬です。
用量依存性で、従来のコリンエステラーゼ阻害薬による拮抗に比べて作用は2分程度と大変早く、また深い筋弛緩状態にあっても確実にリバースが可能となります。アミノステロイド系筋弛緩薬に有効で、特にロクロニウムに対する特異性が高くなっております。したがって、Residual blockやrecurarisationの発生も防止できるので、術後の呼吸器系合併症を減らすことが可能と考えられます。また、コリンエステラーゼ阻害薬による拮抗とは異なり、ニューロトランスミッターとしてのアセチルコリンを増加させないため、ムスカリン作用に対する対策や注意を必要とせず、アトロピンの併用も不要です。循環器系への影響はなく、スガマデックスの単独投与でも副作用は見つかっておりません。一度形成した複合体が、pHや他の薬剤により解離するかどうかの検討がなされていますが、現在のところ臨床的には解離するとの報告はありません。
このようにロクロニウムとその拮抗薬のスガマデックスの開発は、より質の高い麻酔状態を生み出し、安全な麻酔を提供するものと、期待されております。
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