全身性の多汗と寝汗―多汗症の原因と対処法について [薬学の時間]
2007/11/13(火) 17:29

薬学の時間
2007年11月13日放送
「全身性の多汗と寝汗―多汗症の原因と対処法について」
仙台東脳神経外科病院名誉院長
齋藤 博

温熱性発汗のしくみ
 「汗をかき過ぎて困る」という症状はしばしば聞かれる訴えの一つですが、「生命の危険につながるものではないだろう」として、聞き流されたり、中年以降の女性であれば「更年期障害でしょうかね」といわれたりすることが多いのではないでしょうか。
 私は以前に、医学雑誌の質疑応答欄に寄せられた「中年男性の多汗と寝汗」に関するご質問への回答を担当する機会がありました。本日はその内容をご紹介しながら、発汗のしくみとその異常、特に全身性多汗症についてお話したいと思います。なお、質疑応答は本年4月21日発行の「日本医事新報」No.4330号に掲載されています。


 まず、寄せられた質問をそのまま紹介いたします。事例は「38歳の男性で、定期健康診断で脂質が軽度上昇している以外は特に検査データに異常なし。体調にも変化なく、疲れやすいこともない。しかし、汗かきで、夏は起床時には寝巻きからシーツまでぐっしょりするくらい汗をかく。冬でも枕から寝巻きの上半身がグッショリ汗をかくとのこと。外観で甲状腺腫大はない。こうした状態は正常でもありうるか。今後、どのような検査を進めればよいか」というものでした。
 この症状は全身性多汗症のなかでも、いわゆる「寝汗」に該当すると思われますが、その問題について考える前に、ヒトの体温調節機構のなかで皮膚血管拡張とともに熱の放散に重要な役割をもつ温熱性発汗の概要に触れておきましょう。
 ヒトの汗腺、すなわち汗を分泌する皮膚組織にはエクリン腺とアポクリン腺がありますが、一般に発汗という場合はエクリン腺による発汗を指します。エクリン腺は身体全体に分布していますが、手のひらの発汗や足底の発汗は、ほかの区域の発汗とは生理機能も神経支配も異なっています。手掌発汗に関しては、「手に汗を握る」といった表現もあるように、精神的緊張や情動的興奮に伴って汗の量が多くなります。また、物を握って作業をするような場合にも分泌が促進されます。この種の発汗には主に大脳皮質、なかでも前頭葉や大脳辺縁系の活動亢進が関係していると考えられます。他方、手掌・足底を除いた全身の皮膚に生ずる発汗の主な生理機能は身体の冷却であります。
 温熱性発汗の中枢は視床下部にあり、そこを流れる血液の温度がセット・ポイントと呼ばれる特定の範囲より高くなると発汗関連の神経細胞が発火します。その興奮は脳幹を下行し、脊髄の交感神経細胞、さらに交感神経節を経て汗腺に伝えられ、発汗が出現します。同時に皮膚血管も拡張し、熱の放散が促進されます。
 体温中枢の反応性やセット・ポイントは種々の要因によって変化します。精神的・情緒的ストレスなどに由来する大脳活動の影響をはじめ、甲状腺や性ホルモンなどの内分泌系の状態、さらに細菌やウイルス感染に伴って産生される各種のサイトカイン等によって変動します。また、各種の薬剤やアルコール、さらには循環血液量や浸透圧、炭酸ガス分圧、血糖なども関係することが知られております。
 エクリン腺による発汗にはもう一つ重要な点があります。発汗は涙や唾液、さらには消化液の分泌などと同様に外分泌機能の一種です。涙や唾液の分泌を支配しているのが副交感神経であるのに対して、エクリン腺を支配するのは交感神経で、しかもその主要な伝達物質が交感神経としては例外的にアセチルコリンである点です。このことからも、ネオスチグミンなどのコリンエステラーゼ阻害薬を服用すると発汗が多くなり、逆に抗コリン作用を有する薬剤が発汗を抑える方向に働くことは容易に理解できます。これらの点は多汗症の治療や種々の薬剤の副作用などを考える際に極めて重要ですので、ぜひご記憶いただきたいと思います。

全身性多汗症の診断と治療
 さて、寝汗の問題について考えてみましょう。睡眠中の発汗は主として温熱性発汗現象であり、睡眠が深くなるほど増える傾向にあります。ただし、REM睡眠時は発汗は消失しますが、怖い夢を見ている時間帯には多量の発汗が出現しうることも知られております。REM睡眠は体温が最も低くなる朝方に持続時間が長くなることから、朝方の寝汗は夢と関係し、ひいては心理的ストレスや悩みと関連している可能性が考えられます。これらの点を明らかにするには今後、ホルター心電図のように発汗を長時間、持続的に記録しながら、多くの事例での検討が必要です。
 寝汗はよく知られた現象であるにもかかわらず、その病態には不明な点が多く残されています。「よく寝汗をかく」という場合、数十年前であれば肺結核の可能性を第一に疑ったでしょう。最近はがんなどの悪性新生物や膠原病などの慢性炎症性疾患の可能性も念頭に置くべきとされています。なお、多汗のみを呈し、検査ではまったく異常を認めない特発性全身性多汗症があります。若年層に多い傾向があり、遺伝性素因が示唆されております。
 参考までに「全身の多汗」を主訴とし、私自身が診察と発汗検査を実施した16名の検討では、単位時間当たりの発汗量は様々ですが、正常人に比較して発汗の閾値が低い傾向にありました。また、この16名中、寝汗の訴えがあったのは7名だけであり、さらにその寝汗も、夜中の1時、2時頃という人や、朝方に多い人と様々でありました。体質的素因が推定された3名では寝汗の訴えはありませんでした。さらに16名中6名の方では身体の一部に発汗低下域や左右非対称な発汗が見られるなど、神経系に何らかの器質的異常が疑われる方が含まれていました。
 以上、睡眠時の発汗を含め、発汗の生理機構と全身性多汗について述べてきましたが、一般に全身性多汗や寝汗を訴える方の診療では、まず第一に日中の運動や食事に際して汗を多くかくかどうか、第二に多汗が出現した頃に感冒様症状、下痢、発熱など感染症を示唆する症状があったかどうかの確認が重要です。さらに、職場におけるストレス・家庭での悩みなどの有無、および頻回に嫌な夢を見るかなどの問診も必要です。
 体温測定は極めて重要です。臨床的検査としては白血球数、CRP、赤血球沈降速度など、炎症に関連した項目と甲状腺ホルモン、さらに関節痛や筋肉痛がある患者さんではリウマチ因子などの自己免疫系の検査も必要でしょう。画像検査としては、胸部エックス線写真に加え、視床下部や下垂体の病気を除外するためにも頭部MRIを検査しておくべきでしょう。
 全身性多汗症の薬物治療は、ストレスや心理的要因が疑われる場合は精神安定剤、抗うつ剤、または睡眠剤などを試みます。自験例では薬物治療を試みた7名中の4名でブロチゾラムまたはエチゾラムが有効であり、他の2名ではクロニジンが有効と判断されました。これらの薬剤で効果不十分な場合には、ロートエキス、プロパンテリン等の抗ムスカリン作用を有する薬剤を試みる価値があります。当然ながら便秘傾向、口腔や眼の乾燥感、眩しさや「焦点のぼやける感じ」などが出現しうるため、あらかじめ説明が必要です。