耳鳴りの病態と治療 [薬学の時間2008] [薬学の時間]
2008/01/17(木) 19:04

薬学の時間
2008年1月17日放送
「耳鳴りの病態と治療」
国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所感覚機能系障害研究部室長
森 浩一

耳鳴りの種類と病態
 耳鳴りは人口の数%から10%程度の人にあり、その7割は両側性です。高齢者に限ると10~20%の人に耳鳴りがあります。このうち耳鳴りが気になって本が読めなかったり眠れなかったりする人は、1~2割程度と推測されています。つまり、全国で数十万人以上の方が耳鳴りに悩んでいるということになります。


 耳鳴りは治らないと言われることが多いのですが、5年もすると半分くらいの方では耳鳴りが軽減ないし消失しているという調査があります。また、難治性の耳鳴りに対しては、最近では耳鳴りのつらさを改善する治療法も出てきております。
 耳鳴りは、外部の音がないのに音を感じる現象であると定義できますが、症状名であって疾患名ではありませんので、その種類や原因にはいろいろなものがあります。
 まず、体内に音があるかどうかで分類することができます。体内の音としては、血管性や筋活動による筋性のものなどがあります。
 血管性では、心拍に同期して耳鳴りが聞こえます。病気としては頸動脈狭窄、頭頚部の動静脈瘻、頭蓋内圧亢進、中耳腫瘍、中耳の血管走行異常などです。血管性の耳鳴りのなかには、まれではありますが、生命予後に影響するものがありますので、必要に応じて超音波やMRI等の検査をします。また、中耳炎や耳垢塞栓、耳管狭窄症などの伝音性難聴があると、心拍音が耳鳴りとして聞こえることがあります。伝音性難聴は手術などで治療できることが多く、難聴が解消すると耳鳴りも消えます。
 筋性の耳鳴りは、咽頭や中耳の筋肉にミオクローヌスや痙攣が生じて、クリック様の音が断続的に生じるものです。また、顎関節症があると、顎の運動に伴って音が聞こえることがあります。
 最近注目されている疾患として耳管解放症があります。耳が塞がった感じや自分の声が強く聞こえるなどの症状は耳管狭窄症に似ていますが、病態は正反対です。耳管が常時開いているために、自分の呼吸音が耳鳴りとして聞こえます。
 内耳の感覚細胞のうち、外有毛細胞は音を数百倍に増幅する作用がありますが、そのために音を作り出してしまうことがあり、自発耳音響放射と呼ばれています。この音は通常は聞こえませんが、まれに耳鳴りとして聞こえることがあります。
 以上が体内の物理的な振動が聞こえることによる耳鳴りの主なものですが、これらは比較的頻度が低く、耳鳴りのほとんどは内耳性の難聴、すなわち感音性難聴に伴うものです。原因疾患としては、老人性難聴、突発性難聴、薬剤性難聴、騒音性難聴、メニエール病など多数あります。原因が何であれ、難聴があると環境音が聞こえないために耳鳴りに気がつきやすいことと、内耳が壊れかかっているために異常な活動が生じることが重なり、実際には音がないのに耳鳴りを感じます。
 難聴や耳鳴りは、発症後すぐに治療を開始すると予後が比較的良いので、急性の耳鳴りはできるだけ早期に耳鼻科を受診することが大切です。難聴があればまずその治療を行います。原因治療ができない場合は、急性感音性難聴ではステロイド剤がよく使われます。薬剤性難聴が疑われる場合は、耳に毒性のある薬剤を中止ないし変更します。
 耳鳴りは中枢神経でも起こります。比較的多いのは聴神経腫瘍です。また、聴神経が動脈の枝などで圧迫されていると、神経が慢性的に刺激され、てんかんのような活動が起きて、耳鳴りとして感じられることがあります。病態としては、顔面痙攣や三叉神経痛と同じです。治療は、手術で血管の圧迫を解除するか、抗てんかん薬のカルバマゼピンを投与します。
 肩凝りがあると耳鳴りが悪化することがよくあります。頭頚部の筋肉に凝りを起こすようなストレス状況が、耳鳴りも悪化させるということ以外に、体性感覚から聴覚中枢への脳幹レベルでの接続があるために、筋肉の緊張が耳鳴りに影響します。したがって、肩凝りの解消はしばしば耳鳴りの軽減につながります。
 感音性難聴で内耳機能が低下していると、内有毛細胞のシナプス活動が低下するために、これの定常的な活動に依存する聴覚中枢のガンマアミノ酪酸・GABAによる抑制が低下し、聴覚中枢が興奮しやすくなります。ベンゾジアゼピンが耳鳴りに有効なのは、不安を和らげる以外に、聴覚中枢のGABA抑制を強化するという側面もあると思われます。
 耳鳴りに悩んで耳鼻科の外来を訪れる方の3分の1には、うつやうつ状態があります。
 うつがあると必要以上に不安が生じ、耳鳴りをさらにつらく感じます。この場合には、抗うつ剤などによるうつの治療が必要になります。うつが治癒すると耳鳴りも軽快したり消えたりします。

音治療と認知行動療法が最近注目される耳鳴りの治療法
 以上、耳鳴りの主な発生部位と発生機序を説明しましたが、残念ながら、治療で消せる耳鳴りは一部だけで、感音性難聴に伴う大部分の耳鳴りはなくすことが困難です。特に耳鳴りの発症直後の数カ月間は、非常につらく感じる人が多いようです。しかし、最初に述べたように、最終的には耳鳴りがある人のうち1割程度の人だけがずっと耳鳴りをつらく思い続けるわけですから、慢性的に耳鳴りがあること自体は必ずしも長期的には問題にはならないことがわかります。つまり、耳鳴りの治療としては、耳鳴りがなくせない場合には、気にならないようにできれば良いと考えることができます。ただし、耳鳴りが消えることに固執する人も多く、治療目標の再設定ができない場合は、ドクターショッピングを繰り返すことになります。
 耳鳴りがいつも一定であれば、聴覚中枢は順応して、やがて無視できるようになるのが普通です。耳鳴りが無視できなくて気になってしまうのは、耳鳴りに何らかの意味が付与されているからだと考えられます。よくあるのは、耳鳴りが重大な病気の症状かもしれないという不安です。これを解消するには、きちんと検査をして耳鳴りの原因を確認する必要があります。耳鳴りのせいで人の話が聞きにくいという訴えもよくありますが、実際には難聴のために聞き取りが悪くなっていることがほとんどです。このような場合は、適切な補聴器を処方するのが、耳鳴りに対しても有効な治療になります。
 このような対応をしても、やはり耳鳴りが気になってつらいという人もいます。これを解消するには、現在、主に二つの治療が行われます。一つは神経生理学的なモデルに従って、小さな雑音を使って耳鳴りに馴れる訓練をするという治療法で、音響療法ないし音治療と呼ばれます。最近注目されているTRTという治療法の中心には、音治療があります。もう一つは、認知行動療法というもので、耳鳴りに対する考え方や対応の仕方を変えて、耳鳴りにわずらわされないようにするという治療法です。
 耳鳴りがつらいという人は、何らかのきっかけで、ストレス反応と耳鳴りの間に条件応答が成立していると考えられます。ストレス反応とは、ストレス状況に対応しようとする身体反応で、動悸や筋緊張、興奮が生じ、闘うか逃げるかという準備状態です。これが続くと、不快感や不安感、疲労、不眠も生じます。このような負の感情は無条件刺激となって、耳鳴りを条件刺激とする条件応答が成立します。すると、ストレスを引き起こす外因が除去されても、耳鳴りだけでストレス反応が生じてしまい、条件応答が常に強化され続けます。これを解消するためには、耳鳴りがあって、かつストレス反応が生じない状況を作る必要があります。これを実現する一つの有力な方法が音治療です。適切な大きさの雑音を聞くと、耳鳴りが聞こえていても注意が逸れ、条件応答が生じなくなります。このような状態を数カ月から2年間程度続けると、条件応答が消去され、雑音を使用しなくても耳鳴りが気にならないようになります。

 認知行動療法では、耳鳴りが悪化するという予期不安のために耳鳴りから注意が逸れなくなると考えます。聴覚は、注意が向いていない音を無視して、注意が向いている音だけを大きく感じる働きがありますので、耳鳴りに注意が向いてしまうと、耳鳴りが大きく感じられるようになります。つまり、結局予期不安が適中してしまうということになって、不安が確信に変わり、さらに大きな予期不安を招きます。耳鳴りは不安の原因ですから、ますます耳鳴りから注意を逸らすことができなくなります。認知行動療法ではこのような悪循環を、臨床心理学的な方法で断ち切ることが治療の中心です。そのためには、耳鳴り自体が悪いのではなく、不安のために耳鳴りに注意を向けてしまうことが耳鳴りがつらくなる原因であることを患者に認識させます。また、耳鳴りに注意を払う習慣ができてしまっていることも多いので、それに気づかせ、耳鳴りの状態をチェックしないように指導します。そして、耳鳴りに注意が向いたら耳鳴り以外のことを考えたり、耳鳴りから気が逸れるような行動を起こすことを習慣づけていきます。
 ここに紹介した二つの治療法は、いずれも耳鳴りを消すことは目指しませんが、耳鳴りに注意が向いてしまうことを修正して耳鳴りのつらさを軽減します。耳鳴りを気にしなくなると、結果的に耳鳴りを小さく感じたり、忘れてしまうようになります。これらの方法はいずれも8割近くの有効率があります。従来の耳鳴りを小さくすることを目指した治療の有効率がせいぜい5割程度に留まることが多いのに比べて、治療の手間はかかりますが、成績が良いため、実施する施設が徐々に増えています。

 以上、耳鳴りの主な病態と治療について説明しました。耳鳴りは非常に頻度が高い疾患で、治りにくい面がありますが、うつや重大な疾患が隠れている場合や、治療可能な疾患が原因の場合もありますので、できるだけ早期に一度は耳鼻科の診察を受けて聴力その他の検査をして適切に評価をすべきです。治療が必要ない、あるいはできない場合でも、余計な不安をなくしておくことが、重症化させないために大切です。慢性の耳鳴りは、耳鳴りをなくすという意味では短期的な治療は困難ですが、耳鳴りのつらさを軽減する治療法がありますので、特に病悩が強い患者には、専門家の診察を勧めるのが良いと思われます。