痛みのない心筋梗塞 [薬学の時間]
2009/01/06(火) 00:00

薬学の時間
2009年1月6日放送分
「痛みのない心筋梗塞」
国立国際医療センター循環器科医長
樫田 光夫

糖尿病により発症する「痛みのない心筋梗塞」
 急性心筋梗塞は、心臓の周りを冠状に流れ、心臓の筋肉に酸素や栄養を送る冠動脈が、突然血栓で詰まることで発症します。発症すると心室細動などの重症不整脈を生じることもあり、病院にたどり着く前に20~30%の方が死亡する、突然死の原因となる病気です。このような突然死を少しでも減らそうと、街角にAEDと呼ばれる除細動器が設置されるようになってきました


 急性心筋梗塞を発症すると、胸の中心部を締め付けられるような、不快な激しい痛みを生じるのが一般的です。その際には、冷や汗を伴うことも多く、身の置き所がなくなるような痛みを感じます。しかし、近年心筋梗塞を発症しても痛みが現れず、気付いたときには心臓の機能が大きく低下している「痛みのない心筋梗塞」が増えています。「痛みのない心筋梗塞」は正式には無症候性心筋虚血と呼ばれています。
 通常の心筋梗塞であれば、痛みで発症に気付いて救急車を呼びますので、救急隊は、専門治療を行う冠動脈疾患集中治療室:CCUのある病院へ搬送し、治療が開始されます。しかし痛みが現れないと、心筋梗塞を発症しても知らずに動き回ってしまい、知らない間に心臓の筋肉の壊死が進み、心臓の機能が低下し、心不全を発症してしまい、この段階で初めて異常に気付くことになります。すなわち息切れ、呼吸困難、吐き気、強い疲労感、むくみなどの心不全の症状で、初めて発症に気付くことがあるのです。
 痛みを感じない主な原因は、「糖尿病」や「加齢」(ご高齢になること)によって、知覚神経が鈍くなることとされています。糖尿病で高血糖の状態が続くと、冠動脈の先の毛細血管が傷害され、心臓の筋肉周囲の神経細胞に栄養が行かなくなり、末梢神経障害を生じ、心筋が障害を受けても痛みを感じなくなるのです。また、加齢に伴い、運動機能が低下するのと同様に、痛みに対する感受性も徐々に鈍ってくるため、痛みを感じにくくなります。
 痛みのない心筋梗塞は、検査以外に早めに気付くことはできません。糖尿病のある人、高齢の人などは、年に1回は心電図検査を受けて前年と変化がないか確認することが大切です。心電図検査で異常があった場合は、さらに詳しい検査が必要になります。すなわち運動中や運動前後の心電図を調べる、運動負荷心電図、超音波で心臓の壁の動きや心臓の大きさを調べる心エコー図、携帯型の心電計で24時間心電図を記録するホルター心電図なども行われます。なかでも心エコー図検査では、胸の上に機械を当てて心臓の動きを見るという負担が極めて少ない方法で、心筋梗塞に特徴的な、左心室の部分的な壁の運動異常を認めれば、心筋梗塞の存在を強く疑うことができます。また、存在診断だけでなく、心筋障害の程度から重症度の評価も行えます。
 さらに心筋梗塞を負担が少なく詳しく調べる検査として、最近発達してきたのが、心筋シンチグラフィーとMDCT検査です。心筋シンチグラフィーは、放射性同位元素を注射して、心筋の血流や代謝をシンチカメラで撮影して検査します。心臓の筋肉の状態が画像として表示される検査です。もう一つのMDCT検査は、最新型の64列のⅩ線ビームを備えた装置を使用して、腕の静脈から造影剤を注射して冠動脈の血管撮影を行う検査です。高機能の装置を使用することで、初めて動いている臓器である心臓の周りを取り巻く冠動脈をきれいに描出することができるようになりました。難点としては撮影後の画像処理に時間を要するので、他の臓器のCT検査と比べると、一人当たりの検査に時間を要し、あまり多くの人数をこなせない欠点があります。

生活習慣の改善が治療と予防には欠かせない
 このような検査で、心筋に血流の欠損を認めたり、冠動脈に狭窄や閉塞を認めたりした際には治療方針の決定のための最終診断法として、心臓カテーテル検査を行います。手首や足の付け根から直径2mmほどのカテーテルと呼ばれる細い管を入れ、大動脈を逆走して大動脈の付け根から分岐する左右2本の冠動脈にカテーテルを進め、造影剤を流して冠動脈の狭窄や閉塞を検査します。
 MDCTと心臓カテーテル検査は造影剤を使用するため、腎臓が悪い人、特に中等度の腎機能障害がある人は透析に至る、決定的な腎機能の悪化を来す可能性が高いので、原則としてこれらの検査は行いません。
 ところで、糖尿病は進行しないと症状が現れないので、健康診断を受けていない人のなかには、糖尿病になっているのに、そのことさえ気付いていない人も存在します。いわゆる隠れ糖尿病の方です。このような方が痛みのない心筋梗塞に移行しやすいとも考えられますので、健康診断を受けたことがない方は、血液検査を受け、糖尿病の有無を調べることから始めましょう。同時に高血圧はないか、LDLコレステロール値が高くないか、中性脂肪値はどうか、など生活習慣病関連の検査をチェックして、冠危険因子が存在しないか調べることが大切です。喫煙、肥満を含めた冠危険因子が二つ以上存在する方は、無症状でも一度は循環器専門病院で検査を受けられるのが良いと考えます。
 痛みのない心筋梗塞の治療は、通常の痛みのある心筋梗塞と同様で、第一には血管をバルーンで広げて、金網状のステントを植え込むカテーテル治療があります。最近ではステントに免疫抑制剤や抗がん剤を塗った薬剤溶出ステントが主流となっています。第二は大きく胸を開いて、閉塞部の先に胸の動脈などを繋ぐバイパス手術です。第三は薬物療法で、術後の血栓予防のための抗血小板療法、コレステロール値を下げるとともに、動脈硬化の進展を防ぎ、退縮を期待してスタチン製剤を用いる治療などが行われます。痛みのない心筋梗塞の薬物療法では、心不全を合併している症例が多いため、β-遮断薬、ACE阻害薬もしくはARB製剤、利尿剤などによる心不全の治療が必要な例も多く存在します。
 さて、心筋梗塞は、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病や良くない生活習慣が重なって起こる病気です。これらの危険因子となっている生活習慣病の治療を厳重に行い、禁煙はもちろんのこと、バランスの良い食事を心がけ、適度な運動やストレス解消を心がけることで減量を行い、標準体重に近づけることが大切です。このような生活習慣の改善が、治療とあわせて二次予防には欠かせず、積極的な生活指導、栄養指導、服薬指導が重要です。
 本日は近年糖尿病の増加とともに増加している、痛みのない心筋梗塞について、診断法と治療法を含めて概説いたしました。