がん情報のネットワーク [薬学の時間]
2009/01/08(木) 00:00

薬学の時間
2009年1月8日放送分
「がん情報のネットワーク」
国立がんセンターがん対策情報センターがん情報・統計部室長
高山 智子

はじめに
 日本のがん対策は、がんの制圧をはかるために、昭和58年に「対がん10カ年総合戦略」が立てられたことから始まります。ここ数年の間に、がん対策の体制基盤の構築がさらに急速に進められています。その中での重要課題の一つである「がん情報のネットワーク」について、今日はお話をさせて頂きます。


 がん対策の体制構築が急速に進められている理由には、国民、とくに患者さんたちの、“日本どこでも同じようにがん医療が受けられない”、というがん医療に対する不安や不満の声が後押しになっています。こうした声がもとになって、現場のがん医療水準の向上と均てん化を図るために、2005年8月に、「がん対策推進アクションプラン2005」が示され、その中で「がん情報提供ネットワーク」の構築を進めていくことが示されました。そして翌年の2006年10月に、国立がんセンターがん対策情報センターが開設され、その後、2007年4月1日には、がん対策基本法の施行、同6月には、国のがん対策推進基本計画、そして、各都道府県のがん推進計画の策定、が進められました。2008年12月現在、3県を除くすべての都道府県で策定されています。
 現在日本では、様々ながん対策に関連する情報を集め、分析し、情報発信を行っていく国立がんセンターがん対策情報センターと、患者や家族、市民に対する実際の情報提供と相談の担い手として、がん診療連携拠点病院に置かれた、相談支援センターの2つを大きな柱とした「がん情報提供ネットワーク」により、情報提供体制の整備が進められています。2008年12月現在、全国には、351のがん診療連携拠点病院と2つのみなし拠点病院として、国立がんセンター中央病院と東病院の、合わせて353カ所の病院ががん診療の拠点となっています。
 この「がん情報提供ネットワーク」によって現在進められている取り組みですが、ここでは、あえて“情報提供”だけに限定せず、広く「がん情報のネットワーク」として、がん情報の基盤体制の構築に必要な要素を、横断的、縦断的、そして、利用者の視点という3つの視点から整理して、みていきたいと思います。

横断的な視点:組織間のがん情報のネットワーク
 まずはじめに、横断的な視点、組織間のがん情報のネットワークについてです。
 がん対策情報センターとがん診療連携拠点病院の相談支援センターをはじめとする「がん情報提供ネットワーク」に含まれるそれぞれの機関が果たす目的は、国民にとって有用な情報提供を行うことです。そしてがん対策推進基本計画に掲げられている2つの全体目標「がんによる死亡率の減少」と「すべてのがん患者およびその家族のQOLの維持向上」を達成するために必要な情報を整備して、提供していくことです。
 この「がん情報提供ネットワーク」の中でのがん対策情報センターの役割は、様々ながん対策に関連する情報の効果的・効率的な収集、分析、発信等を行うことです。一方で、相談支援センターの役割は、患者さんやご家族の個別の相談に応じ、個々が必要とする情報提供を行うことです。「がん情報提供ネットワーク」の中で、それぞれの機関がそれぞれの役割を果たし、互いに補完し合う体制をとることで、国民や患者にとって有用な情報提供を行うことをめざしています。
 がん診療連携拠点病院の構想は、名前の中に「連携」という言葉が含まれていますが、すべての機能を一つの病院で持たなくても、病院間の連携でその機能を補完し合って提供できればよいとするものです。とくにまれながんの場合など、がんの種類によっては、そのがん種独自の病院間やその他の機関とのがん情報のネットワークの強化が必要になります。また国内では数少ない診断機器や治療などの場合も同様です。予防、検診、早期発見、診断、治療、緩和ケアといった、がん医療の一連のプロセスにおける機能分化と病院間での役割分担が、今後さらに進んでいくとすれば、病院が持つそれぞれの機能の間での連携や情報のネットワークがさらに重要となってきます。

縦断的な視点:がん情報づくりのプロセスに必要ながん情報のネットワーク
 次に、縦断的な視点、がんの情報づくりのプロセスに必要な、がん情報のネットワークについてです。 がん情報のネットワークを考える場合、「情報提供」だけでは、生きたがん情報づくりや国民の求めるがん情報の環境整備にはつながりません。がん医療の情報は常に更新されます。信頼できる最新のがん情報を提供するためには、その情報が作られる必要があります。そして、作られた情報を集め、安心して利用できるように、その信頼性や有効性などの評価をし、見やすい形に編集し、提供する、という一連のプロセスが必要になります。
 米国がん研究所発行のレポートの中に「先進的ながん治療を国民まで届けるため」のさまざまな研究プロセスが示されていますが、この中で、先進的ながん医療が一般に利用されるまでには、基礎研究でつくられた新しい知見が、トランスレーショナル・リサーチ、応用研究を経て、広く社会の中で認知されるための活動まで、多くの組織、人、が関わっていることが、明確に示されています。さまざまなプロセスの間の情報を、いかに円滑に行っていくかも、縦断的な、時間の流れを考慮にいれた、がん情報のネットワークといえます。こうした体制をいかに作り上げていくかということも今後の課題となります。

利用者の視点:継続的な切れ目のないがん情報のネットワークの構築のために
 最後に、利用者の視点、切れ目のないがん情報のネットワークの構築についてです。
 本当の意味で、がん患者や家族にとって有用ながん情報が提供できているかどうかは、その利用者の視点から検討する必要があります。
 がん対策が先行して行われている諸外国を見てみると、「がん患者ナビゲーション・プログラム」と呼ばれる、がん情報の格差を減らし、継続的ながん医療を提供するための取り組みが行われています。国や医療機関によって「がん患者ナビゲーション・プログラム」の内容は異なっていますが、ここでは、カナダのノバ・スコシア州で行われているプログラムを紹介したいと思います。
 このプログラムは、がん医療を統合、調整し、継続的に提供するためのアプローチとして、2002年に州の中の3つの保健局で、試験的な検証が行われました。ナビゲーション役を担うのは、保健医療の専門家です。その専門家は、患者の状況や居住する地域によって異なる、その人を取り巻く問題や課題を特定して、患者や患者のサポートネットワークを援助します。また患者や家族がケアを必要とするときに適切にアクセスでき、確実に最大限のコミュニティ・サポートを受けられるよう援助します。
 2003年に出された報告書では、がん患者や家族の精神的不安を軽減することにつながったこと、がんについての知識の向上や適切な医療専門家への照会、治療薬剤や補助具の経済的援助につながったことなど、患者や家族の期待に合った非常に有益なものであったことが示されました。また、医療関係者にとっても、情報や支援の援助源の一つになっていたことが、示されました。結論として、がん医療サービスの重複をなくし、効率的な費用対効果の高いサービスの提供につながるものとして、州内のプログラム導入の裏付けとなったことが示されています。
 ここで紹介したがん患者ナビゲーション・プログラムは、当然ながら文化的背景や人口規模、医療制度の異なる諸外国での試みです。したがって、そのまま日本に当てはめられるものではありません。けれども、日本においても指摘されている切れ目のない医療の提供をいかに行うか、という課題を克服するための手段としても有用かもしれません。

 がん情報が利用者に届き、真の意味で有効に利用されるためのがん情報のネットワークづくりは、はじまったばかりです。このネットワークをどのように展開させるか、展開していくか、複雑なネットワークをいくつかの視点から見直すことで、がんだけでなく、他のさまざまな疾患や健康課題の情報ネットワークづくりにも応用できる、必要な糸口が見えてくるのではないでしょうか。